1/23日記(『ダブル』第二十三幕ネタバレ感想)

『ダブル』二十三幕について書きますね……。

 

 メインの2人の関係に恋愛が絡んできたことについては実はかなり驚いている。

 元々私は漫画を読むのが上手くなくて、理解にものすごく時間がかかるのだが、二十三幕は特に理解が難しい回だった。見せ場が多い回なのだが、何が起きてるのか全く読み取れなかったのだ。読み取れなさすぎてフォロイーに質問したくらいだ。

 

 例えばキスシーンである。

 フォロイーの読みでは「キスシーンの前後で2人の立場が逆転している」とのこと。確かに、感情を吐露する人物はキスシーンを境として多家良から友仁に変わっている。

 はじめはこのキスシーン、もしかしてBL的な文脈のサービスシーン(?)とかなのか?と思ったのだが、それにしては描写が暴力的すぎるように感じられた。友仁はまず多家良の喉仏に手をかけ、頸と後頭部を押さえ込み、噛み付くように引き寄せている。性的感情や恋愛感情が高まった末の衝動ではなく、どちらかといえば「殺意」とか「憤怒」とか、そういう方向性の衝動を感じる。なんというか、絞殺しようとしたのを直前で無理矢理キスに軌道修正したかのような……。

 

 で、問題は友仁のこの激昂をどのように読み解くかである。この怒りはどういう種類のもので、何に向けられたものなのか?

 

 『飛龍伝』に出てくる女たちについて、つかこうへいはト書きに「革命という男のロマンの中で永遠に裏切られつづけてゆく」と書いている。友仁はキスの後に「男の誠実に踏みつけにされるおんなの気持ち」が分かるか?と問う。多家良の誠実さーー「好きだ」と伝えることーーが、友仁を踏みつけにする。辱め、傷つけるのである。

 また、「サボりを叱って……」から始まる最後の友仁の語りは、友仁が自分に感じている存在意義や求めていたささやかな承認の告白だと読むことができないだろうか。友仁が「俺にはお前しかいなかったんだ」と呟くシーンで今話は終わっている。さらに彼は「お前に尊敬されたくて」とも言う。無名役者である友仁の自己肯定感情には「(天才役者である)多家良からの尊敬」が大きく関わっていた、というよりは「それしかなかった」ということなのだろう。

 

 そうなると、彼の激昂はみじめさ、失望、やりきれなさというものに根ざした、やり場のないもののように思える。「お前は俺とセックスがしたくて一緒にいたのか?」「俺に愛してほしくて芝居をはじめたのか?」と言う友仁は、俯いたまま多家良と視線を合わせない。その姿は傷ついているように見える。多家良が友仁を慕う理由が「尊敬」でなくて「性愛」なのであれば、多家良は純粋に役者としての自分を見ていたわけではない……と、友仁は受け取っているのだろう。お前、俺のような役者を目指してたんじゃないのかよ、と、裏切られたように感じたのかも知れない。しかし、もちろん多家良は友仁を裏切ったわけでもなく、彼の懸想が罪であるわけでもない。浮き彫りになるのは、「天才役者に尊敬されている」という状況にどこかですがっていた、無名で無力な自分の姿。みじめ、である。

 それでも最後のコマで、友仁は多家良の手を握りしめる。この夜を境に関係が大きく変わっても、つながり続けたいという意思があるからだろう。

 

 ところで黒津が多家良に貸した本は『熱海殺人事件』だ。ということは『飛龍伝』は『熱海殺人事件』所収のバージョンを読めということですね。借りてきます。

 あと、黒津は何を思って創元文庫版のフランケンシュタインを多家良に貸した?友仁と役者としての多家良は、フランケンシュタイン博士と怪物のような関係だと言ってるのだろうか……。怪物は作られた生命なので、『饗宴』で元はアンドロギュノスだった人間と違ってベター・ハーフがいないわけである……