9/6日記(『凪のお暇』感想)

熱が出た。病院以外になんもすることがなくて暇だったので『凪のお暇』を読んだ。評判がいいので期待していたが、自分には合わなかった。ただ、ストーリーは面白いと感じた。人気が出ること自体はよく分かる。ただ私が単純に主人公の元カレとセフレのどちらにも惹かれなかったというだけである。


主人公の元カレ・慎二はモラハラ気質で執着心が強い性格として描かれる。まあ率直に言ってサイコパス的というか、絶対に近寄りたくないタイプである。

「好きな子ほどいじめたい」という、凪に対するモラハラは、素直に解釈すれば機能不全家庭に育った後遺症ではないか?両親が「親」としての機能を果たしてくれなかったため、家庭では「小3の男子」的な幼児性を見せて甘えることができなかったのだろう。もしくは、幼児性を見せても受け止めてもらえなかったのかもしれない。その補償として、家庭的な凪に対し幼児性を爆発させていたのではという仮説を立てることができる。


育った家庭のせいか、慎二は秩序や「空気を読む」行為に対し、強い嫌悪と強い執着という矛盾した感情を同時に持っている。

彼は同じ方向に泳ぐイワシの群れを「滑稽」「キモイ」と感じる一方で、「スベってる」ものも嫌う。そして、「空気を読」んで必死に生きていたストレートロングヘアだった頃の凪に執着する。変化した凪を目の当たりにすると感情を抑えられなくなり、激昂したり号泣したりする。

彼の回想の中の凪は、家庭的なイメージや性的なイメージ、もしくは頼りなく控えめで従順なイメージを纏っている。過去を捨てて変わろうとする癖毛の凪は「ブス」だと否定する。


彼にとって、凪の癖毛は秩序を乱すものの象徴である。1巻と4巻では凪の癖毛(の触感)にセックスを邪魔されるシーンさえある。

慎二が好むのはストレートロングヘアだが、ストレートロングヘアの「覆い隠すイメージ」は作中のセックスシーンで時々強調されている。慎二がフェラチオを好むのは、長い髪の毛と体勢で相手の表情が隠れるからではないか?もっと言うと、目が合わないからなのでは。彼は騎乗位の時に長い髪が顔の前で揺れるのが好きだとも言うが、コマに描かれた凪の「乱れた髪から時折覗」く目には長い髪が薄くかかっており、恍惚としていて慎二を見つめていない。この辺りの描写は慎二がセックスの相手と向き合う必要性を感じていないことをほのめかしており、「言葉足らずですれ違う」という慎二と凪のイメージに合致する。


で、セフレの方はクラブ通いのゴンだ。

彼は明言はされていないがパンセクシャル、かつポリアモリーっぽい性的指向の持ち主のように描かれている。

彼と凪はセックスする(恋人ではない)関係になるが、性的指向が異なる相手と恋愛関係に陥るのは非常に大変なことだと想像がつく。5巻の時点ではゴンが凪だけに特別な感情を抱きつつある描写もあるが、それは凪がゴンとの関係を続けても「壊れなかった」(ように見えた)からである。これはかなりキツい選定理由だ。ゴンは壊れた凪を目の当たりにしていないので、彼女を傷つけてしまったことを本質的には理解してない。実際のところ凪は傷つき「壊れて」いたのだが、周囲の指摘や助けによって持ち直したのである。一応凪はそのことを告白するが、そのときのゴンの意識は「害悪」と呼ばれて自分が傷つくのではないかという点にあり、凪の辛さを多分まともには聞いていない。「なんかみんな同じこと言うよな」という感じで彼には理解できないのである。

 

慎二とゴンに共通するのは「他人の欲望を理解し、その欲望をできる限り満たす能力」である。まあつまり凪が渇望する「空気を読む力」だ。慎二は悪人でゴンは善人という違いはあるのだが。ただ、実は2人ともこの能力のために苦しんでいる。

慎二とゴンがそれぞれに凪の苦しみを理解できないように、凪にも彼らの苦しみは分からない。そもそも凪は己の苦しみを語るが、男たちはなぜか凪に苦しみを語らない。空気を読む力を持ち、コミュニケーション強者に見える彼らだが、コミュニケーションの力を本質的に信じていないのでは?という気さえする。


凪の次にモノローグが多い登場人物は慎二であり、彼の側のストーリーが多く描かれているところを見ると、最終的な山場は凪と慎二の関係ではないか?その結果一緒に生きてくのかは別として。今のところ彼は逸脱や変化を恐れる人物なのだが、今後は変化や成長が描かれていくのだろう。